東京高等裁判所 昭和46年(う)2890号 判決
被告人 秋元加津夫
〔抄 録〕
論旨は、要するに、被告人は、過失により道路交通法七〇条所定の安全運転の義務に違反した、との事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤があると主張するものである。
よって、まず、本件の本位的訴因について考えてみると、それは、過失により道路交通法(以下、単に法という。)七〇条の規定に違反したというもの(具体的内容は、後述のとおり)であるので、これが肯認されるためには、それが故意か過失かは別として、少くとも、被告人が他人に危害を及ぼすような速度と方法で被告車を運転したという事実が存しなければならないものであるから、まずこの点について考えてみることゝするに、本件は、被告人が普通貨物自動車(車幅一・六九五メートル)を運転し、川口市並木町方面から同市仁志町方面に向う通称西川口陸橋上の幅員約九・六メートル(片側幅員約四・八メートル)の取付道路を仁志町方面に向って下降し、この取付道路がその南北両側にこれと並行して水平に走る幅員各約六・二メートルの各市街路と合して幅員約二二・七メートルの水平道路となった地点(原判決にいう陸橋出口)から約二・一メートル前進した地点において、取付道路北側の市街路に進入するため、一八〇度右折しようとしたとき、被告人の後方から進行してきた米沢延治運転の小型四輪貨物自動車(車幅一・六九メートル)と衝突したという事案であるところ、上告審判決(本件については、先に当庁のなした控訴審判決が上告審で破棄され、事件を当庁へ差し戻されたものである。)の指摘するように、右折しようとする車両の運転者は、その時の道路および交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な右折準備態勢に入ったのちは、特段の事情がない限り、後続車があっても、その運転者において、交通法規に従い、追突等の事故を回避するよう正しい運転をするであろうことを期待して運転すれば足り、それ以上に、周到な後方の安全確認をつくして後続車の追突を避けるよう配慮すべき注意義務はないものと解するを相当とするところ、関係証拠に徴すれば、被告人は、陸橋出口から約七~八〇メートル手前で右折の合図をして、時速約二〇キロメートルに減速しつつ進行し、陸橋出口から約二・一メートル進行した地点で右折を開始したことが認められるから、その右折準備態勢に特段の落度はなく、後続の米沢が前方注視義務を怠りさえしなければ、容易に追突等の事故は回避できたものと認められる。原判決は、被告車が必ずしも道路中央線に寄つていなかったと判示しているが、本件取付道路の幅員(前述のとおり、片側約四・八メートル)、被告車の車幅、当時本件道路及び現場付近には、被告車と米沢車以外の車両は存在しなかったという道路及び交通の状況に徴すれば、仮りに被告車が道路中央線に寄っていたものといえないとしても、米沢に前記義務違反さえなければ(現実には、米沢は、被告人の右折の合図に気づかず時速約四五キロメートルで進行していたものである。)、本件衝突は発生しなかったものと認められるから、右衝突につき被告人を非難することはできないところである。そして、本件に顕われた関係証拠を仔細に検討してみても、上告審判決の指摘するところの、当時被告人に後続車両との衝突を避けるため特に後方の安全を確認すべき義務を負わせるのを相当とするような特段の事情は認められないので、結局のところ、本件において、被告人が他人に危害を及ぼすような速度と方法で被告車を運転したものとは認めがたいところである。従って、本件の本位的訴因は、すでにこの点において失当であり、これを肯認するに由ないものである。
次に、予備的訴因(具体的内容は、後述のとおり)については、取付道路と水平道路の合する地点が交差点であることを前提として法三四条二項違反の罪が成立すると主張するものであるが、右の地点は、上告審判決が指摘するように、法二条五号にいう交差点にあたるものとは解せられないので、この訴因もその前提において失当であり、肯認の限りでない。
なお、本件事故の場所が交差点でないとし、被告人の本件所為が正確には右折ではなく、法二五条の二にいう転回にあたるとしても、上告審判決の判示するように、以上の結論に差異を来さない。
以上説明したとおりであるから、本件について被告人を過失による安全運転義務違反の罪に問擬した原判決は、事実を誤認したものというべく、この誤認は明らかに判決に影響を及ぼすものであるから、到底破棄を免れない。論旨は理由がある。
よって、本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に当裁判所において、次のとおり自判する。
本件の本位的訴因は、「被告人は、昭和四二年一月四日午後三時一五分ころ、普通貨物自動車を運転して、並木町方面から仁志町方面に向け時速三〇キロメートル位の速度で進行中、川口市北町二―一五二番地先交差点にさしかかり、同交差点を右折進行しようとした際、時速二〇キロメートル位の速度に減速したのみで、あらかじめ道路中央に寄らず、後方の車両の安全を十分確認しないで、漫然と右折進行した過失により、右後方から追抜きしようとして進行してきた米沢延治運転の普通貨物自動車に自車を衝突させ、もって道路交通の状況に応じ、他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転したものである」というにあり、また、予備的訴因は、本位的訴因事実中「あらかじめ道路中央に寄らず」の次に「かつ、交差点の中心の直近の内側を進行せず」を加えたものであるが、すでに説明したとおり、右両訴因ともいずれも犯罪の証明がないものであるから、刑訴法三三六条後段により、被告人に対し無罪の言い渡しをする。
(栗本 小川 山崎)